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人事労務問題

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労務問題は会社経営につきものです。当事務所は、労働トラブルを回避するための顧問業務、また、起きてしまった労働トラブルの迅速かつ適切な対処に精通しています。当事務所では、これまでお受けした多くのご相談に基づいて蓄積したノウハウをもとに、『社長も社員も幸せになる労働トラブルゼロ会社のつくり方』(2023年、クロスメディア・パブリッシング) という書籍を出版いたしました。
以下には、よくあるご相談内容を掲載いたしました。下記に当てはまる案件はもちろん、そうではない案件も、ぜひご相談ください。

解雇・雇止め

日本の解雇規制は厳しいとよく言われます。これは、解雇や雇止めについて、法律上、客観的に合理的な理由と社会通念上相当であることという要件が課されているためです。
これらの極めて抽象的な要件のために、どのような場合に解雇や雇止めが許されるかが一義的に明らかではなく、裁判官によって判断がまちまちになることも多くあります。
そのこともあり、会社の判断だけで解雇を断行し、その後、解雇された従業員から訴訟を起こされ、数百万円もの支払が生じる紛争は、道内でも、また従業員数が多くない会社でも決して珍しくありません。
解雇・雇止めに関しては過去の裁判例が多く蓄積されていますので、同種事案と比較しつつ、問題となっている従業員を解雇が出来るか慎重に検討することが必須なのです。

【裁判例】能力不足を理由とする解雇の難しさを物語る事案
事案の概要

A社は、同社の就業規則に記載された「労働能率が劣り、向上の見込みがないと認めたとき」に該当するとして、社員Bを解雇しました。これに対し、Bが解雇は無効と主張して、バックペイの支払などを求めたケースです。A社は、Bを解雇するまでに、Bを配置転換するなどの対応を取っていましたが、解雇前に行った人事考課では、Bは3回とも下位10%未満でした。

裁判所は、Bの能力は、A社の平均的な水準に達していなかったことは認めつつも、解雇をするにはそれだけでは足りず、著しく能力が劣り、しかも向上の見込みがないときでなければならないとし、本件でBはそれに該当せず、解雇は無効と判断しました。

裁判例のポイント

裁判所は、人事考課は相対評価で絶対評価ではないため、人事考課の結果のみから、Bの能力不足を認定することはできないとしています。そして「Bにはやる気がない」といったA社の主張を裏付ける具体的な事実の指摘がないということも指摘しています。

このことから、能力不足を主張する場合には、それを示す具体的なエピソードや、裏付ける証拠があることがとても重要になることが分かります。

また、裁判所はBがA社から、新入社員の指導など、A社にとって重要な業務を任されていたことなどを挙げ、仮にBの労働能力が著しく劣り、向上の見込みもないのであれば、A社はBにこのような業務を担当させるとは考えられないとしています。このような事実から、裁判所は、A社がBに対し、さらに体系的な教育や指導をしていれば、Bの能力が向上する余地があるというべきであるものの、A社がそのような教育や指導を行った形跡はない、としています。

能力不足の社員がいる場合には、その適性を見極めて配置転換するといった対応だけでは足りず、さらなる教育や指導をした上で、それでもやはり自社の求める水準に達しない、という場合にはじめて、解雇が認められるということです。能力不足を理由とする解雇の難しさをご理解いただけたのではないかと思います。

*裁判例:東京地決平成11年10月15日(セガ・エンタープライゼス事件)

退職・転職

解雇と異なり、退職とは従業員が自らの意思で労働契約を終了させることです。退職に至る過程で問題となりがちなのが「退職勧奨」です。
退職勧奨は、一歩間違えると、下の裁判例で紹介するように「退職強要」として損害賠償請求をされたり、強迫による退職であったとして数か月分~数年分のバックペイを求められたりする、リスクのある行為です。
もちろん一切の退職勧奨が認められないわけではなく、実務的には退職勧奨はよく行われています。退職勧奨を行うに際しては、「アウトとなるライン」を知っておくこと、そして、後日の争いを防ぐための合意の取り交わし方が肝要です。

【コラム】注意したい退職勧奨の様態とは?

ぜひ気を付けたい退職勧奨の態様には、次のようなものがあります。

  1. 暴力行為、パワーハラスメントに当たる言動
  2. 従業員の名誉感情を不当に害する屈辱的な言動(下記裁判例参照)
  3. 従業員が退職しない旨を表明しているにもかかわらず長時間・長期間にわたり勧奨を繰り返す行為
  4. 無意味な仕事の割り当てによる孤立化などの嫌がらせ行為
  5. 従業員の自由な意思決定を阻害するような強迫的・圧迫的な方法
  6. 解雇や懲戒解雇をちらつかせる言動
【裁判例】「名誉感情を不当に害した」として損害賠償請求が認められた事案
事案の概要

A県連で勤務していたBが、専務理事であったCから執拗な退職勧奨を受けたなどと主張し、A県連とCに対して、損害賠償請求を行ったケースです。

裁判所は、退職勧奨に応じるか否かは労働者が自由に決めることができるとし、退職勧奨にあたって労働者に対し、必要以上に強いプレッシャーをかけたり、その名誉感情を不当に害するような言葉を用いたりして、労働者の自由な退職意思の形成を妨げることは許されず、そのようにして行われた退職勧奨行為は違法となる旨を判断しました。

その上で、本件ではCがBに対して、「もう君は私の管理職の構想から外れている」「自分で次の就職先を見つけてはどうか」「ラーメン屋でもしたらどうや」などと述べたと認定し、これはBの名誉感情を不当に害するような言葉を用いて、Bに不当なプレッシャーを加えたものとして、A県連とCの損害賠償責任を認めました。

裁判例のポイント

Cの発言を見ると、いかにもアウトに思われるかもしれません。

しかし、社員のためを思うことなく、自社や自分のことのみを思って行われる退職勧奨は、少なからずこのような強引さをはらんでしまうことがあります。

退職勧奨を行う際のポイントは、「受ける側が自由に判断できること」です。会社側としては、社員に選択の余地を与えること、管理職への言動の教育や意思疎通を徹底することで、不要なトラブルを回避できますし、円満な退職に導くことができます。

*裁判例:神戸地姫路支判平成24年10月29日(兵庫県商工会連合会事件)

懲戒処分

懲戒処分には、懲戒解雇、諭旨解雇、降格、休職、出勤停止、減給、けん責(反省文や始末書の提出)、戒告(注意)といった種類があります(ただし、会社がすることのできる懲戒処分は、就業規則で事前に定めた種類の処分に限られます。)。
懲戒処分を行う際に大切なのは、「行為に見合った処分をすること」です。もちろん、まずは行為の内容そのものを見てどのような処分が相当なのかを考えるのですが、懲戒処分では過去の処分との均衡も求められるため、同じような行為について過去に緩やかな処分を下した実績があれば、それに合わせて寛大な処分を考える必要が出てきます。過去の処分との均衡を失してしまうと、場合によっては、下した懲戒処分が重すぎるとして裁判で争われるかもしれません。
自社の懲戒解雇事例をストックしておき、懲戒処分の際に参照するという方法が最も望ましいですが、そこまで従業員数が多くない場合は、弁護士に類似事例の調査を依頼するのも一つの有力な手段です。当事務所の顧問弁護士標準プランでは、顧問相談の範囲内で類似事例の調査も対応しております。お気軽にお問い合わせください。

【裁判例】傷害事件を起こした社員の懲戒解雇が認められなかった事案
事案の概要

事実上、A社の社員のトップといえる地位にあった社員Bが、入社5年目の社員Cに対して、顔面を平手で殴打するという傷害行為を行ったり、他の若手社員に対して、「臭い」「ゴミ箱の前で飯を食え」と発言したりしていたなどとして、A社はBに対して、懲戒解雇処分をしました。そうしたところ、Bから解雇が無効だと主張されたというケースです。

結論としては、裁判所は、本件でBに対して懲戒解雇処分をするのは重すぎるとして、解雇は無効と判断しました。裁判所は、Bの若手社員らへの対応方法には問題があるとしつつも、Bが問題発言を繰り返していたり、Cをいじめていたりしたとまでは認めがたいこと、傷害行為は平手で顔面を1回たたいたというもので、行為の悪質性・危険性は比較的小さく、傷害結果も比較的軽微であること、BがCに謝罪していること、Bがこれまでに懲戒処分を受けたことがないことなどを、解雇を無効とする理由に挙げています。

裁判例のポイント

「Bは傷害事件を起こしたのだから、懲戒解雇をしても問題ないだろう」とお考えになった方も多いと思いますが、そんなに単純な話ではないということがお分かりいただけたのではないかと思います。今回のようなケースの場合、裁判所は、どのような犯罪行為が行われたのか、犯罪行為によってどのような結果が生じたのか、解雇された社員のそれまでの勤務態度はどのようなものだったのかなど、細かいところまでチェックします。「犯罪行為をした=解雇してもよい」と考えたくもありますが、容易に解雇ができないことがこの裁判例からわかります。

*裁判例:大阪地決平成29年12月25日

残業代請求

2020年の労働基準法改正により、残業代の時効はこれまでの2年から3年に伸長されました。しかも現在の「3年」という規定は経過措置であり、条文上は「5年」と規定されていますので、今後はさらに5年に引き伸ばされる可能性が高いといえます。
働き手の慢性的な不足による売り手市場化と転職の一般化、さらには時効期間が延びたことで、残業代請求のハードルは以前に比してかなり下がったと言えるでしょう。
残業代請求の恐ろしいところは、在籍しているすべての従業員に飛び火する可能性があること、さらに、残業代そのものだけでなく付加金・遅延損害金もセットとなれば元々の支払うべき金額の倍以上というかなり大きい金額となり、会社の存続にも関わり得るところです。
また、残業代の請求はそれ自体もさることながら、過去のパワハラや解雇無効といった紛争と同時に請求されることも少なくありません。
残業代請求をされた場合や社内で未払残業代が発覚した場合は、ぜひとも速やかな弁護士への相談をお勧めします。

【裁判例】正確な証拠が無くても概括的な残業時間が認定された事案
事案の概要

A社で働いていたBが、退職をした後に、残業代が適切に支払われていなかったとして、A社に対して残業代を請求したケースです。

A社の始業時間は午前8時45分、終業時間は午後5時30分でしたが、A社はタイムカードなどで社員の出退勤管理を行っていませんでした。

Bの妻は、毎日Bの帰りが遅いことを心配し、約7か月間、Bの帰宅時間をほぼ30分単位でノートに記録していました。その記載によれば、Bの帰宅時間は、ほとんど毎日、午前0時を過ぎていました。Bは裁判を起こすにあたり、妻がBの帰宅時間を記録していたノートを、残業をしていたとする証拠として提出しました。

裁判所は、様々な事情をもとに、Bが相当長時間、残業をしていたというべきであるとしつつも、Bの具体的な終業時間を確定することができる証拠は存在していないとしました。Bの妻が作成したノートについても、帰宅時間しか記載されていないため、Bが途中で寄り道をした場合などは、ノートだけでは退社時刻の把握が困難であるなどとして、ノートの記載によってBの退社時刻を確定することはできないとしています。

他方で、裁判所はタイムカード等による出退勤管理をしていなかったのは、専らA社の責任なので、これをもってBに不利益に扱うべきではないし、A社自身、残業している社員が存在することを把握しながら、これを放置していたことがうかがわれることなどからすると、裁判で提出された全証拠から総合判断して、ある程度概括的に時間外労働時間を推認するべきであるとし、A社に対して、約270万円の残業代と、約230万円の付加金の支払を命じました。

裁判例のポイント

残業代を請求する場合、「何時から何時まで働いたのか」ということについて証明しなければならないのは、原則として労働者側です。しかし、労働者が毎日、自分で、何時に出勤して何時に退勤したのかについて記録しているケースは稀ですので、実際に残業代を請求されたケースでは、労働者の求めに応じて、会社がタイムカードなどを提供し、これに基づいて労働者が裁判を起こすことが多いです。

しかし、今回のA社のように、タイムカードなどで労働者の出退勤を管理していない場合、労働者は会社から情報提供を受けて、労働時間を証明することができません。

「会社がタイムカードを導入しておらず、何時から何時まで働いたのかが分からないので、残業代を支払えとは命じられない」と裁判所が認めてしまえば、真面目に出退勤管理をしている会社だけが残業代を支払わなければならないという事態にもなりかねません。この裁判例は、そのような事態を防ぐため、Bの労働時間を推認して残業代の計算を行ったのだと推測します。

また、この裁判例ではA社に付加金の支払も命じられています。その理由として、A社がタイムカードを導入しないなど出退勤の管理を怠っていたこと、そのため相当長時間の残業代が支給されずに放置されていたことなどが挙げられています。

残業代に関するトラブルを防ぐには、まずは出退勤管理をしっかりと行うことが何より重要です。

もし、「まだ自社でタイムカードなどを導入していない」という社長がおられれば、すぐに導入していただきたいと思います。

*裁判例:大阪高判平成17年12月1日(ゴムノイナキ事件)

パワハラ・セクハラ

厚生労働省が4年に1度実施している「職場のハラスメントに関する実態調査」の令和2年度調査では、労働者のうち、過去3年間にパワハラを一度以上経験した人の割合は31.4%でした。また、過去3年間に各ハラスメントの相談があったと回答した会社の割合をみると、高い順にパワハラ(48.2%)、セクハラ(29.8%)、顧客等からの著しい迷惑行為(19.5%)、妊娠・出産・育児休業等ハラスメント(5.2%)、介護休業等ハラスメント(1.4%)、就活等セクハラ(0.5%)となっており、やはり、他のハラスメントと比べて、パワハラに関する相談が多いことが分かります。
どのような言動をパワハラと感じるかについては、個人の主観による部分もあるので、この中には、客観的に見れば、適正といえる業務指導を受けただけであるにもかかわらず、それをパワハラだと受け止めた方も含まれている可能性はあります。しかし、「パワハラと受け止めた」という人が相当数いるということに変わりはありません。
弁護士の肌感覚としても、従業員側の「パワハラ」という言葉に含まれる行為には、完全にアウトなものから一般的な指導の域を出ないものまで、かなりのバリエーションがあると感じます。被害を訴える従業員の言葉には真摯に耳を傾けるべきである一方、加害者とされた従業員への懲戒処分が行き過ぎとなればその従業員からも不満が出るなど、パワハラにまつわる問題は実に悩ましいものです。
当事務所では管理職向けのパワハラ防止研修の実施や、外部相談窓口の実績がございます。どうぞお気軽にお問い合わせください。

【裁判例】社内のいじめについて、企業の責任が認められた事案
事案の概要

看護専門学校に通いながら、准看護師として、医療法人Aが運営する病院で勤務していたBが、准看護師の中で一番年上のCから受けた継続的ないじめを苦に自殺したとして、Bの遺族が、A病院とCに対して、損害賠償請求をしたケースです。

裁判所は、Cが①勤務時間終了後も、BをCらの遊びに無理矢理付き合わせたり、Bの学校試験前に朝まで飲み会に付き合わせたりした、②Bに肩もみ、家の掃除、車の洗車、長男の世話などを命じた、③Bが交際している女性と勤務時間外に会おうとすると、Cが電話で仕事を理由に病院に呼び戻した(しかも、Bが急いでA病院に向かったが、Cは病院にいなかった)、④Bの携帯電話を勝手に覗き、BになりすましてBの交際相手にメールを送った、⑤職員旅行でBに好意を持っている事務職の女性とBを2人きりにして、性的な行為をさせてそれを撮影しようとした、⑥Bに「死ね」と発言したり、「君のアフターは俺らのためにある」「殺す」といった内容のメールを送信したことなどを認定しています(なお、ここで挙げたものはごく一部にすぎず、実際にはより多くのいじめ行為が認定されています)。

裁判所は、Cの行為は違法ないじめであるとして、Cの不法行為責任を認め、合計1000万円の支払を命じています。また、裁判所は、Cの使用者である医療法人Aに対し、職場の上司及び同僚からのいじめ行為を防止して、Bの生命身体を危険から保護する安全配慮義務があったのに、これを怠ったとして、500万円の限度で、Cと連帯して、Bの遺族に損害賠償をすべきと判断しました。

裁判例のポイント

Cの行為は、誰がどう見ても悪質と感じるものだと思いますが、この裁判例で特に注目すべきは、医療法人Aの責任です。

先述したように、本件いじめは、勤務時間外に行われたものも多いのですが、裁判所はCのBに対するいじめが3年近くに及んでいることなどから、「医療法人Aは、本件いじめを認識することができたのに、これを認識して、いじめを防止する措置を採らなかった」と判断しています。ただし、医療法人Aが、本件いじめの内容や深刻さを具体的に認識していたとはいえず、いじめによってBが自殺するかもしれないということについて予見できたとはいえないとして、Aが負う責任は、Bが死亡したことではなく、本件いじめを防止できなかったことによるものに留まるとしています。

ハラスメントやいじめは、社員同士のこととはいえ、特に結果が重大な場合には、会社も重い責任を問われかねません。日頃から、社員の様子などについて、社長のもとに情報が上がってくる環境をつくるよう心がけましょう。

*裁判例:さいたま地判平成16年9月24日(誠昇会北本共済病院事件)

就業規則変更

原則として、就業規則の変更による労働条件の不利益変更には、労働者の同意が必要です。ただし、例外的に、個別の同意を取り付けなくてもよい場合もあります。労働契約法第10条には

  1. 変更後の就業規則を労働者に周知させる。:「周知性」の要件
  2. 変更に合理性がある。:「合理性」の要件

という2つが満たされていれば、労働者の同意を得ずとも、就業規則の変更と、それに伴う労働条件の不利益変更が認められる、と定められています。

  1. 周知性…周知性が認められるためには、従業員が変更後の就業規則の内容にアクセスでき、理解できる状態であることが必要です。
  2. 合理性…労働契約法第10条は、合理性について、以下の5つの観点から総合的に判断すると定めています。
    1.  労働者の受ける不利益の程度
    2.  労働条件の変更の必要性
    3.  変更後の就業規則の内容の相当性
    4.  労働組合等との交渉の状況
    5.  その他の就業規則の変更に係る事情

合理性の判断は極めて規範的・抽象的な内容であり、裁判でも一審と二審で判断が分かれることもままあります。そのため、会社だけの判断で就業規則変更を行うことは避け、専門家へ依頼することが望ましいでしょう。

【裁判例】就業規則変更について会社が敗訴した事案
事案の概要

60歳定年制と年功序列賃金制を採用していたA銀行において、55歳以上の労働者の賃金が大幅に減額される就業規則の変更が行われ、その対象となったBが従前の就業規則により算定された賃金の支払を求めた裁判です。

本判決は、就業規則変更の合理性を認めた原審仙台高裁の判断を否定して、Bが、就業規則変更がない状態の元々の賃金の金額の支払を求めることには理由があるとしました。

裁判例のポイント

本件は、規則改定の差し迫った必要があるわけではなかったのに、中堅層の賃金改善の代わりに、55歳以降の賃金水準を数十%大幅に引き下げ、特定層にのみ負担を負わせていて、内容の合理性を評価し難いことなどが、会社が敗訴した理由であると推測します。

また、A銀行は73%の行員が加入する多数労働組合から同意を得ていましたが、6名からなるBたちは、少数組合の組合員であったことも注目されます。

このように、多数派の労働者を代表する労働組合等と合意していても、内容が合理的でないとされ裁判で負けることがあります。内容の合理性判断は、裁判所でも判断が分かれる難問ですので、理想は全社員からの同意を取り付けることです。

また、この事例、最高裁判決が出るまで14年の年月を要しています。昭和61年就業規則変更、昭和63年訴訟提起、平成5年一審判決、平成8年二審高裁判決、平成12年最高裁判決と、規則改定から最高裁判決まで14年もの期間を要しており、しかも最高裁で破棄差戻しの判決がなされたため、最終的に裁判が終わったのはさらにその先のことです。加えて逆転判決の連続です。このことからも、合理性の判断の難解さを理解することができます。

就業規則の変更について、「合理的」という要件が人によって相違する曖昧なものであるからこそ、就業規則の内容を考える段階から、冷静な外部の専門家の目を交え、反対意見の社員とも十分協議することが大切になります。

*裁判例:最判平成12年9月7日(みちのく銀行事件)

メンタルヘルス

精神的な不調を原因とする労災保険給付請求の件数は激増しています。例えば、平成20年の請求件数は927件でしたが、令和3年には、2346件と、約2.5倍強になっています。これだけの勢いで増えているのですから、メンタルヘルス対策は、会社経営において見過ごせません。実際に、法律上の義務として、会社は従業員のメンタルヘルスに配慮しなければならないこととされています。
メンタルヘルスを取り巻く問題には、労災、安全配慮義務違反による損害賠償、休職命令、復職時の注意点、休職を経ても回復しない場合の解雇方法など、頭の痛い問題が多くあります。
詳しくはこちらのページをご覧ください。

採用・内定・試用期間

新たに従業員を雇い入れるときは、一般的に採用内定→採用→試用期間というプロセスを辿ります。試用期間での働きぶりを見て、引き続き働いてもらいたい場合は本採用となり、そうでない場合は本採用に至らず、解雇(本採用拒否)となります。
裁判所は、試用期間経過後の解雇(本採用拒否)に関しても、通常の解雇と同じように、「客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許される」(最高裁昭和48年12月12日、三菱樹脂事件)と判示しています。
具体的には、試用期間が終了した社員の本採用を拒否することは、必要な研修や他部署での業務をさせた上でもなお、業務能力や協調性などが著しく欠けていることが認められる場合などに限られるといった制約があります。業務能力が欠けているかどうかの判断は証明が難しく、裁判例では、労働者の試用期間終了時の業務能力が期待したほどでなかったとしても、会社が必要な研修等をしていなかったことや、他部署での稼働可能性を確認していなかったことを理由に、本採用拒否を違法と判示している事例もあります。

【裁判例】能力不足を理由とする本採用拒否が無効とされた事案
事案の概要

A社の試用期間中の社員Bが、3か月の試用期間満了時に(1)組合事務所があった会社所有地の売却に関する業務妨害、(2)採用にあたっての虚偽申告、(3)規則秩序違反、(4)業務上の指示命令違反等を理由に本採用を拒否され、その効力を争った事件です。

本判決は、

  1. Bは、営業の経験者として自己アピールした結果、即戦力となると期待されて中途採用されたものの、印刷会社の営業職として必要な印刷物の見積計算等ができなかったが、Bは、印刷会社に勤務したことがあると述べていたわけではなく、印刷物の見積計算は、部長の指導により、営業に出られる程度の最低限の知識は修得していたのであり、虚偽申告をしたとは認められない。
  2. 規則で定められている誓約保証書を提出せず、給料の遅配について部長に説明のための文書を書くよう迫った行為は非難に値するが、これらをもって、本採用の可否についてBの不利益とするのは相当でない。
  3. Bは、営業活動においてもおおむね誠実に職務を果たしていた。

と判断し、本採用を拒否したことについて合理的な理由があり、社会通念上相当なものであったとは認められず、本採用拒否は無効であるとしました。

裁判例のポイント

試用期間の段階なら、その社員の性格が当社に合わないといった抽象的な理由で、簡単に本採用を拒否できるとお考えの方もおられるかもしれません。

しかし、裁判所は、労働者を強く保護しています。そう簡単に本採用拒否に合理的な理由があると認めてはくれません。その当否はさておき、正社員を解雇することに準じるくらいの強い理由がなければ、試用期間満了後に契約を取り止めることはできないと考えていただいた方が良いものと思います。

*裁判例:大阪地判平成12年8月18日(新光美術(本採用拒否)事件)

労働組合からの申入れ

伝統的には、社内の労働組合の対応に苦慮しているという声が多く聞かれてきました。団体交渉を行う際の留意点は下のコラムにまとめましたので、ぜひご参照ください。
一方で、昨今目立つのが、社外労働組合の活動です。働き先に関係なく加入できる合同労働組合や、パートタイム労働者が個人で加入する労働組合からの団体交渉の申入れが増えています。
そのため、自社には労働組合がないのに、急に団体交渉の連絡・通知がきたり、中には過去に解雇した労働者から、労働組合を通じて団体交渉の申入れが届いたりするケースもあります。
社外労働組合の特徴として、ある意味「ビジネスライク」であることが挙げられます。
労使皆が同じ会社に所属する企業内労働組合とは違い、社外労働組合は、個々の案件ごとに対処するので、その労働組合員が満足を得たら事案は終了です。いわば、ドライな性質があります。会社経営と同様、時間とコスト、利益まで考えて活動しています。その性質から、会社が誠実に対応している限りは、感情面でこじれるケースは少なく、お金で早期解決できる場合も多くあります。

【コラム】団体交渉を行う際の留意点
  1. 場所

    団体交渉を行う場合には、他の社員への配慮も重要であるため、会社の会議室などの使用は避けてください。

    会社が指定した外部の施設で交渉を行うよう段取りしましょう。会社が主導権を握れるよう、その際の費用は会社側が負担します。中には労働組合指定の場所でしか交渉を行わないという労働組合もありますが、従う必要はありません。

  2. 時間

    シビアな交渉になることも想定し、2時間を目途に時間を設定します。それ以上となると、双方が疲弊してしまいます。社内の会議室を使うと時間指定も曖昧になりがちなので、外部施設を使うのはこうした点でも有効です。

    なお、賃金支払を要求されかねないので、就業時間外にて行うようにします。

  3. 出席者

    必ずしも法律に詳しい人物である必要はないので、自社に交渉に長けた適役の人材がいれば、労働組合との交渉を担当してもらうとよいでしょう。その際、労働組合とは、日頃の商談のように、「普通に」話し合いを進めるのがよいと思います。

    労働組合側からその場での即時決定を迫られる恐れがあるので、社長が出席するか否かは慎重に判断してください。

    また、セクハラ当事者など、事案の関係者は同行させないことが基本です。

    一方で、相手方の上部団体役員の出席を拒否しないことも重要です。出席者の同数にはこだわる必要はありませんが、あまりに差が大きいと押される可能性もありますので、双方人数を制限することも考えられます。もし、当日に予定とは違う大人数にて先方が訪問してきた際には、スペースを理由に入室者の人数を制限してもらうことも可能です。

  4. 進行

    まずは労働組合側に条件提示をさせます。

    会社側に義務づけられているのは、交渉の場につき、誠実に交渉を行うことであって、労働組合の条件を受け入れる義務はありません。首尾一貫聞き役にまわって、何も答えないというわけにもいかないでしょうが、直ちに答えられない事項は次回に回すこともあり得ます。交渉途中に、会社側から話を打ち切ることのないようにしましょう。

    交渉時は録音されていることを前提に発言するようにくれぐれも注意してください。また、こちら側も録音しても差し支えありません。

    最後に、議事録を双方で共有することになる際は、交渉内容とズレがないかどうかよく読んでからサインするようにします。

    交渉時には、こちら側の主張を通すことばかりに気をとられないようにすることです。金銭面など解決のサインを労働組合側から暗に提示していることがあります。相手方の言動に注意を払って、流れをみて一気に解決を図るのが理想です。

  5. その他の心構え

    基本姿勢として、労働組合の言うことに惑わされることなく、会社のペースで交渉を進めるようにします。先ほど申し上げた通り、日時、場所の設定からイニシアティブをとるようにします。

    また、交渉時の「中身」も問われます。具体的には、対応方針、特に交渉のゴールを設定し、そこに行き着くための道筋です。どんな問答が想定されるかのQ&Aを用意し、当日に必要なことだけを説明するようにします。

    その場で回答できないことは無理せずに、次回に準備してから回答するという冷静さも必要です。「検討する」はまだしも、「前向きに検討する」といったその場しのぎで、相手を期待させるような回答は禁物です。

【裁判例】4回の団体交渉の後、5回目の団体交渉を拒否したところ
「いまだ誠実な対応を尽くしたとはいえない」とされた事案
事案の概要

A社は、B合同労組から、組合員Cに対する解雇撤回及び労災責任に関する団体交渉を申し込まれました。しかし、A社は既に4回、B合同労組と団体交渉を実施し、話し合いを尽くしたとしてこれを拒否しました。これが不当労働行為にあたるかどうかが争いとなった事件です。

本判決は、「使用者は、自己の主張を労働組合が理解し、納得することを目指して、誠意をもって団体交渉に当たらなければならず、労働組合の要求に対し譲歩する余地がなくなったとしても、そこに至る以前においては、労働組合に対し、自己のよって立つ主張の根拠を具体的に説明したり、必要な資料を提示するなどして、誠実に交渉を行う義務があるのであって、使用者には、合意を求める労働組合の努力に対しては、右のような誠実な対応を通じて合意達成の可能性を模索する義務がある」と述べ、会社は組合主張への回答や資料の提示の点において、いまだ誠実な対応を尽くしたとはいえないとしました。

A社は、「十分な具体的な根拠を示したうえで、本件労災の業務起因性を否定し、かつ、解雇の有効性を主張していたのであるから、この会社の対応を、自らの主張に頑なに固執するものと非難することは、会社が把握していた事実及び判断を放棄せよというに等しく不当」と主張していましたが、判決は、「使用者は合意そのものを強制されるわけではないから、あくまでも譲歩せずに強い態度で交渉を行うことも可能であり、使用者は誠実交渉義務を尽くす限り、自らが適当と考える主張にあくまで固執することができる。しかしながら、自己の主張に固執する以上、ここにいう誠実交渉義務を尽くしたというためには、使用者において、組合の要求・主張に対しては真摯に耳を傾けるとともに、自らが固執せざるを得ない理由を明らかにしたうえで、関連資料を提出するなどして固執する理由を十分に説明し、かつ、相手方の説得に努めることが必要である」として、会社はいまだ誠実な対応を尽くしたとはいえないと判断しています。

なお、Cは中央労基署から労災の認定を受け、休業補償を得ていますが、会社はその認定を法的に争っていました。A社は、そうである以上団体交渉に応じなくても不当労働行為にあたらないと主張しましたが、判決は、「常に自主解決の可能性の余地が残されている以上、裁判所等の判定機関において当該事項が係属中(訴訟が裁判所で取扱い中)であることは団体交渉を拒否する正当な理由とは解されない」としています。

裁判例のポイント

この裁判例から、会社においては、組合の主張とは真っ向相反する主張をすることが許されることはもちろんですが、その場合であっても、組合の要求・主張に対しては真摯に耳を傾けるとともに、会社がその主張を続ける理由を明らかにした上で、関連資料を提出するなどしてその主張を続ける理由を十分に説明し、かつ、相手方の説得に努めることが必要であることが理解できます。そんな面倒なことはしていられないと思われる方もおられるかもしれませんし、労働組合の主張に全て対応しなければならないというわけではありませんが、組合の主張に真摯に対応することが、問題の早期解決に役立ち、会社の利益になるともいえますので、イヤなことであっても正面から対峙し、組合を説得する努力が必要です。組合も相応の知識と経験がありますので、決裂時の見通しと落とし所を探っているはずです。真に会社の利益になる行動は何かをよく考えて動きましょう。

*裁判例:東京地判平成9年3月27日(株式会社シムラ事件)